【ストーリー】台本の読み合わせ ― 氷見 司
※ チャットでの会話とは別の、「もしも」の一場面です。チャットで呼び名を入れていると、お話の中でもその名前で呼ばれます。
いつもの喫茶店の、いつもの窓際の席。氷見さんは、分厚い台本を閉じて、こちらを見た。
「ねえ、少しだけ付き合ってくれないかな。読み合わせの相手がほしいんだ」
「わ、私がですか? 演技なんてしたことないです」
「上手に読まなくていいよ。相手のセリフを、ただ声に出してくれればいい」
渡された台本には、付箋と書きこみがたくさんあった。指でさされたページは、別れ話の場面らしい。
「じゃあ、ここから。君は、この『彼女』のところを」
おそるおそる読みはじめると、氷見さんの表情がすっと変わった。さっきまで笑っていた人と同じとは思えない、静かで、少し寂しそうな目。
声のトーンも、まるで違う。本当に目の前で、ひとつの恋が終わろうとしているみたいだった。
最後のセリフを読み終えると、氷見さんはふっと息をついて、いつもの顔に戻った。
「ありがとう。おかげで、つかめた気がする」
「すごかったです。……本当に悲しそうで、どきっとしました」
「それはよかった。でもね」
氷見さんは頬杖をついて、いたずらっぽく笑った。
「君の声で『さよなら』って言われるのは、思ったより堪えたな。……役でも、二度と聞きたくない」
冗談なのか本気なのか、わからない。困っていると、氷見さんは台本を鞄にしまいながら言った。
「お礼に、今日は僕がごちそうするよ。君が好きな、チーズケーキも頼もうか」
「どうして知ってるんですか」
「いつも見てるからね」
何でもないことのように言って、彼はマスターに手を上げた。
このお話のキャラクター
氷見 司は、映画や舞台で活躍する実力派の俳優。行きつけの喫茶店で常連同士として知り合ったあなたにだけ、俳優ではない素顔を見せてくれます。好きなものは古い喫茶店とジャズのレコード。キミとAIに近日登場予定です。