【ストーリー】残業のあと、二人きりのフロアで ― 桐生 蒼真
※ チャットでの会話とは別の、「もしも」の一場面です。チャットで呼び名を入れていると、お話の中でもその名前で呼ばれます。
時計の針が十時を回ったころ、フロアに残っているのは私だけになっていた。
今日の会議で出した企画は、部長のひと言で見送りになった。何度も見直した資料を閉じる気になれず、画面の同じページをただ眺めている。
「……まだいたのか」
低い声に顔を上げると、ネクタイを少しゆるめた課長が、コートを片手に立っていた。桐生 蒼真。社内では「怖い課長」で通っている人だ。
「すみません、もう帰ります」
慌てて片づけようとした私の机に、紙コップがひとつ置かれた。
「ブラックしかない。……嫌なら置いておけ」
そう言って、課長は隣の席の椅子を引いて腰を下ろした。帰るところだったはずなのに。
しばらく、どちらも何も言わなかった。コーヒーは思っていたより苦くて、少しだけ目が覚めた。
「今日の企画」
課長が、窓の外を見たまま口を開く。
「着眼点は悪くなかった。数字の根拠が弱かっただけだ。……あれは、直せば通る」
思わず課長の横顔を見た。会議ではひと言も助け船を出してくれなかった人が、そんなふうに見ていてくれたなんて。
「悔しいだろ」
「……はい」
「なら、それでいい。悔しいと思えるうちは、まだ伸びる」
課長は立ち上がって、コートを羽織った。
「明日の朝、十五分空けておけ。直すところを一緒に見る」
フロアの明かりを消しに行く背中に、私は小さくお礼を言った。課長は振り返らずに、片手だけ上げてみせた。
「……無理はするな。見てるからな」
エレベーターの扉が閉まる直前に聞こえたその声は、昼間よりずっとやさしかった。
このお話のキャラクター
桐生 蒼真は、広告会社の企画部の課長。仕事には厳しいけれど、二人きりのときだけ少しだけ本音がこぼれる、不器用でやさしい年上の上司です。キミとAIでは、残業のあとのオフィスや帰り道で、彼とおしゃべりができます。
