【ストーリー】雨宿りの古本屋 ― 久遠 慧
※ チャットでの会話とは別の、「もしも」の一場面です。チャットで呼び名を入れていると、お話の中でもその名前で呼ばれます。
大学からの帰り道、急に空が暗くなったと思ったら、大粒の雨が降りだした。
「こっち」
久遠先輩に手を引かれて飛びこんだのは、商店街の外れにある小さな古本屋だった。
店の中は、古い紙とインクの匂いがした。天井まで届く棚に、色あせた背表紙がぎっしり並んでいる。
「ここ、僕のお気に入りの店なんだ。雨宿りにはちょうどいい」
先輩は濡れた前髪をかきあげて、うれしそうに棚を見上げた。
「先輩、ここにはよく来るんですか?」
「週に二回くらいかな。来るたびに、知らない本が増えてる気がするんだよね」
窓の外では、雨がまだ強く降っている。先輩は一冊の古い辞典を手に取って、ページをめくった。
「夕立って、どうして『夕』に『立つ』って書くか知ってる?」
「……わかりません」
「昔は、雨や風が急に起こることを『立つ』と言ったんだ。夕方に急に立つ雨だから、夕立。……風が立つ、とも言うよね」
こういう話をするときの先輩は、本当に楽しそうだ。
しばらくして、雨の音が小さくなった。
「やんだみたいですね」
「そうだね。……もう少しだけ、降っていてもよかったけど」
「え?」
先輩はメガネを指で押し上げて、ふいと視線をそらした。
「君と本の話をする時間が、思ったより楽しかったから。……ほら、行こうか。虹が出てるかもしれない」
店を出ると、雨上がりの空に、うっすらと七色の橋がかかっていた。
このお話のキャラクター
久遠 慧は、同じ大学に通う大学院生の先輩。好きなものは古本屋めぐりとミルクティー、閉館間際の静かな図書館。人の気持ちにはさといのに、自分の気持ちには少し鈍いところがあります。キミとAIに近日登場予定です。